2018年11月13日火曜日

万年筆2

 そうした考えが大事だな、って自分の中だけで思ったわけではなくて、ちょうどたまたま出会った本:奥野宣之さん著「人生は1冊のノートにまとめなさい」に影響を受けました。
 実用書の分野なのですが、よくある軽いハウツー本ではなく、著者のしっかりした経験とお考え書かれていて、誰でもかんたんに実現できる良書に仕上がっています。

 私もこれまでは手帳は使っていました。たぶん、システム手帳歴は10年以上だとおもいます。
 途中で、バイブルサイズのシステム手帳に切り替えて、5年ほど前にはヌメ革の自分仕様のシステム手帳をオーダーしたぐらいです。このヌメ革手帳もかなり手に馴染んでいます。(ノート活用に力点が移ってしまったので、今後どう活用しようか悩んでいます。)。  
 ただ、手帳っていうのは未来の予定を管理することを前提としているので、あまり振り返ることはしていなかったんですね。
 システム手帳なんで、スケジュールリフィルだけじゃなくてノートリフィルも使っていたのですが、全くのメモ帳状態で、書かれた情報が再利用できるようになっていなかったです。なので、「年」が変わるとカレンダーとともに代替えをしていたのですが、引き出しの中で眠ったままになってます。過去の予定だけ手帳のカレンダー上で確認しても、得るものはないんですね。

 そして、一方で会社ではOutlookを使ったり、プライベートではGoogle Calendarを使っていたりする。
 自分のなかでは、システム手帳での予定管理の使いみちがどんどんこれらのITツールに置き換えられていきましたが、それでも紙で見えたほうが安心な部分もあって、二重管理をしていたことも事実。しかしながら、最近はGoogleのサービスの便利度が大変向上していて、無償であるにも関わらず多分他のサービスの追随を許していないんじゃないかと思います。

 とくにITツールを使えば時間や場所などのメタ情報が、スマートフォンのアラームだったり地図と、いとも簡単に連携するので、システム手帳の便利さをおおきく上回っていることは、今さら書くまでもありません(Google Mapのタイムラインはもう必須です。)。
 なので、ノートに移行してしっかり自分の通ってきた道を残すことにするタイミングで、今(Now)と未来(Schedule)の管理は、もうITツールに任せることにしました。中途半端にシステム手帳を使うことは、無駄な手間が生じるだけだという判断です。

 あと、必要なことはしっかりと自分が何をしてきたか?やどう感じたか?とか、ふと過去に疑問に思ったことなどをちゃんと振り替えれるか?という過去の経験とか思考のマネージが残されたやってないコトだなと、前述した「人生は1冊の〜」を読んで強く思ったのです。
 ところが、本にかかれていることは決して難しいことではなくて、普通の大学ノートにあらゆることを時系列でどんどん書いていく、だけなのです。そしてたまに、内容を見返す。そうすることで、過去の自分を蘇らせたり、今の自分との差分に改めて気づく事ができる。というわけです。

 6月末からスタートしたのですが、まずは気が向くままにズンズン書いてみました。
 最初のうちは、見返してみても何書いているかさっぱりわからないようなことも書かれていましたんですが、あとになって気がついたこととして、「書く」という行為だけでも人は十分に満足することがじつに多い、ということです。
 なんだろう、モヤモヤしていたことなんかも書いてしまうと、治まることもあります。あとで読み返しても字面だけ追うと内容がよくわからないけれども、じつはそのタイミングではあまり消化できずにもやもやしているものを吐き出しているんだ、とあとで気づいたのです。
 この効果は自分には嬉しかったです。なので、いまは嫌なことも良かったことも、思いつきでもどんどん書くようにしています。

 筆者の奥野氏はこまめにスキマ時間を使って記録を淡々と書くような感じを勧めていますが、自分はそんなに細かくは記録をつけていなくて、起きた時間・朝食・移動時間・退社時間・夕食などを書いていきます。
 途中途中で、気付きや思ったことを☆マークを付けながら、書きたいように書いています。
 あとは、貰った紙やレシートなんかをバンバン貼ることが良いです。
 これらの貼られた紙からの情報量が増えるので、あとでノートを見返したときに、ああ、コーヒー買ったな、とか、ビール買っているな、とかが気付けます。(著者の言う空気感だと思う。)

 今回も文房具ネタに入れませんでしたね。(つづく) 

2018年11月12日月曜日

万年筆1

 ここ20年位は、PCに始まり、携帯電話、スマホ、そしてChromebookとデジタルガジェットを変遷しながら、ハマってました。
 そんなだったので、手書きで何かを綴る、と言う事から遠ざかっていたのですが、ふとしたキッカケで「ノートで手書き」するようになりました。

 デジタルはデジタルで良いのですが、手書きにも手書きで良いところがあります。
 今更ですが、こうしたブログ・最近ならSNS等のデジタル的な手段は、何かを効率的に発信するのに非常に優れたいることは疑いようはありません。

 でも、誰に言うでもないコトや自分で思った全てのコトってありますよね。それをノートに書こうかなぁと。
 ブログに載せるネタ帳では無いんですが、もし発信したいことがあったら、そこから自分の中で反芻して書き出そうかなと。
 だから、最近はSNSは見るだけになってて(しばらくFacebookもみてない・・・。)、ブログだって、ホットな内容ってわけでもなく、自分自身に向けて書き残しているって感じです。(しょうもないネタの垂れ流しですけれども。)

 ノートの内容もしょうもないことばかりです。そういったものを書き残しつつ、なにかを考えていきたい、と齢40半ばを過ぎて思い始めています。
 日記帳というよりは記録帳や雑記帳、もっというとライフログといったら良いのでしょうか。この夏頃から毎日ノートに手書きで何かを書くようになりました。

標題の万年筆に至りませんでしたね。つづく。