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1998年4月15日水曜日

【昔の日記再投稿】(Australia) CDとコンテナ事故

 香港で最終日に杏里のCD、Twin Soulを買った。日本のCDを買うのはまさに10ヶ月とかそれくらいぶりだ。

 聴いてみるとすごく新鮮だったことに驚いた。やっぱり日本語の表現力というのは豊かな気がする。これはまだまだ英語の修行が足りないせいかな。

 会社で、顧客の荷物を入れたコンテナが荒されるという事故があって、一度日本に送らずに引き取ってきた物を半日かけて分けていた。

 スタッフ曰く、「これだからオーストラリアは信用無くなっちゃうんだよ」。

 まぁ、保証はされるんだろうけれどもお客さんの荷物には写真とか、手紙、そして思い出の品々が入っている。いわゆる"お金に替えられない"ものが多い。午後に分けていて、分からない物はどうしようもないので不明物として弁償するようにしていたのだが、気持ちは重い。

 コンテナは他社の管理な筈なので会社に責任はないのだが、何とも辛い一日だった。

1998年4月14日火曜日

【昔の日記再投稿】(Australia) 飛行機

 今朝キャセイパシフィックの101便で香港から帰ってきた、という事でこの日記は1週間ぶりに更新となります。

 帰りの飛行機では疲れて、大体エコノミーの狭い機内では寝れないことが多いのだが、ほとんど寝つづけた。

 行きの飛行機はエアバス300とかでかなり新しい機体だったので、エコノミークラスでも液晶テレビが各自の席の前に備え付けられていて楽しめたのだが、帰りは747で古いやつであった。

 最も寝ただけだったのだけれども。

 帰りにシドニー空港からタクシーに乗って帰ってきたら、なんだかほっとしたのはやっぱり住み慣れつつある街だからだろうねぇ。ちょっと意外な気分と同時に誇らしかったりして。

 当然香港の間の話は、別に載せる予定ですので、この間の日記はそちらを参照して?

 で、帰ってきてまだ眠かったのだが、洗濯をして、床屋に行って買い物に行ってといろいろしていたらすっかり夕方で、メールのレスも付けなきゃいけないとかいろいろ1週間家を空けるとやることが溜まってました。

 Nにもらった2月にエアーズロックに行った時のビデオをちょっとだけ見たんだけれども、自分を客観的に見ることほど苦痛なことはない。なんだか落ち着かない奴だとか、良くしゃべるなぁとか、画面に映る自分に不満タラタラである。

 昨日香港のHMVで購入した杏里のNew Albumはなかなか良いバラードが入ってますね。こっちのHMVじゃ日本の物が買えないだけに、何とも香港にいるT氏が羨ましい限りだ。

 明日会社で、お土産を配るとしよう。

1998年4月13日月曜日

【昔の日記再投稿】(HongKong)香港歩き回り6

 香港最終日。

 今日はTとは夕食時に合うことにしている。Nは午後3時の便で東京へ。俺は夜11時の便でシドニーへと戻る。昨夜はホテルに戻ってきたのが2時過ぎで結局寝たのが3時過ぎだったこともあって、ゆっくりと朝は10時ごろに起きた。そして、Nお気に入りの朝粥に再び出かける。

 その後買い物をしてホテルに戻り、チェックアウト。もう12時だ。そして、空港へNを見送りに行った。

 旺角、深水渉と電脳街を見て回り夕食は銅鑼湾のとんかつや。久しぶりも久しぶりとんかつなんて食べるのはきっと10ヶ月ぶりだろう。感動しているうちに満腹になってしまい、Tと別れ一人空港へ。

 帰りの飛行機は、747で大きかったとかそういう事は全く覚えていなくて疲れて離陸の瞬間さえも忘れて寝まくっていたのでした。

1998年4月12日日曜日

【昔の日記再投稿】 (HongKong)香港歩き回り5

 今日は1日香港の田舎巡り。当初の予定ではマカオに行くことにしていたのだが、マカオはパックツアーでもいけるので今回はDeepなチョイスをする。

 まずは地下鉄で、尖沙咀から終点Tsuen Wanへと向かいTと落ち合う。そこから2階建てのローカルバスで一路錦田へ。そこには、昔からの城壁村が残っていて5メートルほどの高さの城壁に囲まれた集落がある。中はかなり怪しい雰囲気で、西洋人は喜びそうだがかなり怪しい。まず門を入ると、ババアに寄付金と称して一人1$取られる。ババアは、カードで賭け事をしている。

 もっと奥に進むと、西洋人住人とおもわれるババアと写真を撮っている。オリエンタルな雰囲気なんだろうやっぱり。ババアどもは変な野良帽子をかぶっていて子汚い格好をしている。やっぱり銭を取っているようで、観光ずれしている。

 更にここからバスに乗って、元朗の街へ。田舎の街だがかなり人はいるよう。軽便鉄道とかいてある割には、新しい路面電車が走っている。ここから離れたところに怪しい漁港があり、そこを見に行った。市場と海鮮料理店が交互に並ぶ路地を抜けるとはるか対岸に中国本土が遠望できる。

 元朗でマクドナルドに入り(香港でマクドナルド行かなくても・・・と思ったが、いい店が見当たらなかった。でもしっかり香港だけの黒胡椒バーガーを食べてきた。)軽く昼食を摂り、中国との国境沿いにバスに乗る。Tは以前このバスに乗っていて人民解放軍にIDを提示しろといわれたらしい。国境間近の街から鉄道にのって、大学という駅から、怪しいフェリーに乗る。正しくはフェリーではなくて漁船だ。その船は途中の島々に止まりながら、キャンプをする人々を下ろしては乗せていった。着いたところから、バスに乗って、九龍まで帰ってきた。そこから更にバスに乗り継ぎTのマンションに。

 きょうはTの家でそれぞれが腕によりを掛けて飯を作る、世話になったという意味もある。結構時間がかかったがNがいたのでかなり素晴らしい夕食となった。Nが大根サラダ、鮭のマリネ、ジャーマンポテトを作り、俺がトマトソースパスタを作り、Tがにらたまを作った。ビール・ワインとしこたま飲んで、結局タクシーで帰ることに。

1998年4月11日土曜日

【昔の日記再投稿】 (HongKong)香港歩き回り4

 今日はNの買い物に付き合う日である。やつの香港訪問の主目的である。

 まず朝食を食べに出かける。ここで、ホテルで朝食なんかしない。何といっても、朝粥を食べに行きましょう。

 ホテルから歩いて10分ほどのところにある、店に行った。魚の朝粥とミートボールの入った麺を頼む。魚の?って聞くと生臭そうと感じるかもしれないが、それは全くない。非常に出汁が利いており、めちゃくちゃ美味。香港に行ったら朝粥をしよう。

 続いて、買い物に。もう買う物は決めてあるとかで、ハイアットリージェンシーから程近いペニンシュラホテル内にあるカルチェ、ティファニーで貴金属を買ってあっという間に30万円近く・・・、おそるべし。頼まれた物もあるとはいえ、翌月カードの引き落としあるから厳しいでしょ?って聞いてしまう、俺。

 ちょうどお昼に、香港塔を望む尖沙咀にある香港文化中心でのオルガンコンサートに行く。そこでTと合流して飲茶を楽しんだ後怪しい女人街、そして機能も行った旺角に行き香港でのショッピングを満喫する。俺としては、後者の怪しいところで物を買うのが好きかもしれない。

 その後、夕食を食べに香港島に渡る。世界一長いエレベーターを持った通路(エレベーターが世界一長いわけではない)を通って、ローカルが行くような店に入る。こぎれいなので大丈夫そうだ(やはり汚いところはTも危ないから入らないらしい)。俺が辛いのが好きだといっていたので連れてきたようだ。麺類の専門店で、俺はそこで一番辛いと目されている冷麺(冷やし中華みたいなの)をたのむ。出てきた物は、麺の上に2,3品のトッピングがのっており、かかっている汁がまさにラーユである。何とか全部食べ切ることが出来たが、のっている鷹の爪(乾燥したチリ)はさすがに食べることが出来なかった。それにしても汗かかないね?と感心されたが、これも日頃お昼に辛味噌をたっぷり掛けてチリチキン(中華風の生のチリが入った肉野菜炒めをご飯に掛けたもの。俺の最も愛するランチ。)を食べているせいだろう。

 その後、ビクトリアピークという香港島の山の頂上まで、ゆっくりとしたバスで登り夜景を見に行く。頂上は湿った空気のせいかガスがかかっており、だんだん奇麗な夜景が霞んできてしまった。Tと別れた後、喫茶店でコーヒーを飲んだのだが、その値段がペニンシュラのそれよりも高かったのには未だに納得がいかない。やはり山の上ということでその値段も標高に比例していたのだろうか。シナモンで誤魔化したようなカプチーノで、シドニーの美味いそれの比ではない。

 その後、今度はジェットコースターのようなバスでたった登ってきたバスにかかった時間の1/3で下まで降りてきてしまった。頂上は少し小雨模様だったのだが、下は全く晴れている。スターフェリーでホテルまで戻る。2.2HK$と50円もしない。それに船上から見える夜景は奇麗で、写真も何枚か撮ったがやはり夜景を上手く撮るのは難しい。

1998年4月10日金曜日

【昔の日記再投稿】(HongKong)香港歩き回り3

 午前中にゆっくりと起きて、電脳街巡りをする。DX4-75MHzのオーバードライブプロセッサーを見つけて買っておけば良かったと今更ながらに後悔している。

 そのあと、話題の(嘘)室内ジェットコースターに乗ったが、回りが子供ばかりで恥ずかしい。Tが俺をだしにして乗ったとしか思えない。

 午後便で、Nが東京から合流するので急いで空港にバスで向かう。やや遅れて到着したようだったが、何とか到着前に間に合う。ところが、ぜんぜん出てこない。ANAのキャビンアテンダントが出てきてかなり経つのに出てこない。心配して待ち合わせにしておいた、マクドナルドの前に行くと・・・、いた。

 のんびりポテトを頬ばっているではないか。緊張感のないやつ。あまりに背が低すぎて見えなかったに違いない・・・。

 俺とTは昼飯を食べていなかったので飲茶に行くことに。初日にブラブラしたあたりの店に入るが、もう3時近くで飲茶も終盤。下の階から自分で出向いて皿を取ってくるはめに。

 圧巻だったのは、鳥の足。形がそのままで、表面はその名の通り鳥肌。俺は食べれなかったが、二人は食べていた。その後、Nの荷物が大きかったので一度Tと別れてホテルハイアットリージェンシーに向かう。俺は午前中にチェックインを済ませて荷物を置いてきてある。部屋はまぁまぁ広くて内装も奇麗である。ユニットバスもゆったりとしていて高級感もある。これで2人が泊まって3泊で2200HK$と日本円で、3.5万円強とリーズナブルである。香港は特にホテル代が高いので、割安感が強い。あわよくば、ペニンシュラホテルと行きたいところだが、あちらは格が違う。

 ただ唯一の欠点は、ホテルのビルが外装工事中ですっぽりと足場とネットに覆われているため外が全く見えないことである。どっちにしても泊まった部屋の正面はビルであるために外は見えないので、うるさくないし善しとした。

 再びHMVでTと合流し、今日のメインである香港島にあるオープントラム(よく2階建ての路面電車が香港のイメージとして出ますね。あれの屋根が一部無い物で、催し物に使うようです。)でのパーティに参加するのです。これはJALの香港の若手の歓送迎会に飛び入りで参加させてもらったのです。巨大な看板の光が溢れる、これぞ香港と感じさせるような人々が行き交う通りを貸し切りのトラムで走る。酒も飲む。信号で止まると待ち行く人達が見上げ、歓声を上げる。

 ビールを飲みながら、ピザ、チキン、寿司と楽しいを通り過ぎて香港の経験値が思いっきりアップした気がした。

1998年4月9日木曜日

【昔の日記再投稿】(HongKong)香港歩き回り2

 翌2日目。今日は午前中に港湾見学、午後に空港見学である、研修の一環で来ているという名目上やむをえない。

 Tの友人のY氏とNYK香港のI氏の4人でまずは葵涌(Kwai Chung)にあるMTL(現代貨箱碼頭有限公司)を見る。ちょうど1週間前には、シドニーの南にあるボタニー湾のCTALを見学していたので比較するにはちょうどいいタイミングであった。

 ターミナルはやはり香港のせいか、ぎゅっと狭く、オーストラリアのような広大さはない。しかし設備は大変新しく、RTGというクレーンによるオペレーションをしており、マネージするシステムもやはりマックのようである。どうしてマックなのか聞いたところ汎用の港湾オペレーション用のソフトらしい。どうりで、CTAL、PATLCでも見られたわけだ。

 昼前にMTLを出て新空港のロケーションを見に車を走らせた。今の啓徳機塲は7月まででその後は新空港に移転するのだ。啓徳空港は結構古くて、着いた時もタラップから下りて延々バスに乗らされた。搭乗口が少ないのである。それに滑走路も一本しかない上、山に近いとあって着陸の難所でもあるのだ。

 それで、新空港は香港の中心部から離れた大嶼島に移る。もう既に高速道路及びアクセスするための鉄道も敷設されていたが、空港はまだまだ建設途上であるようだ。中には入れないのでロケーションのみを確認して戻る。

 昼は啓徳空港の近くのインド料理を食べる。ナンが結構美味しかった。飲茶を食べたかったのだが、こちらに住んでいる人にしてみたらインド料理の方が珍しいのだろう。

 その後、空港へ。ちょうどJALの貨物専用機(Freighter)が来ているそうでさっそく見学させてもらう。やはり前頭部分を前に跳ね上げてローディングする様は壮観である。内部は結構広くて、かなりの荷物が入る感じだ。

 そのあと、付随するHACTLのオペレーションを見せてもらい、一日の見学ツアーは終了。Tのオフィスも見せてもらい彼の上司にも会った。やはり職場の雰囲気がなんとなくJRに似ているのは、輸送屋さんであるという事と元親方日の丸であるということか。

 そのあと、電脳街巡りをして俺はSCSI+ModemのコンボカードとVCDソフトを買った。ほとんどのVCDソフトは海賊版のコピー製品であるようだが、堂々とお店で売っている。ほとんどが日本のドラマとかバラエティー番組で、ここはどこなんだ?と疑問を感じるほど日本の音楽やテレビ番組が溢れている。

 夕食は、銅鑼湾のスーパーの地下で食事。

1998年4月8日水曜日

【昔の日記再投稿】(HongKong)香港歩き回り1

 行きの香港までの飛行機はキャセイパシフィック航空のCX110便である。これがシドニー発、朝7:45である。庶民の私は国際便だったらやっぱり2時間くらい前には行っていないとまずいよなと常々思っているので、朝は5時に目覚ましをセットして起きる。もちろん2つ目の目覚ましをセットすることも忘れない。しかし、当日の夜中の3時に香港で落ち合う予定のNから電話で起こされる。「一応合う前の最後の電話だしね。」「うん・・・確かにそうだけど。どうせしてくれるんならモーニングコールにしてよ」半端な時間に電話してくれるのがやつのいいところなのです。

 何とか、遠足に行く朝のうきうき感だけが眠気を打ち消して5時に起きる。当然3時から1時間近く電話で話したので眠い。タクシーを呼んで空港に向かうが、まだこの時間だと道路もガラガラであっという間に到着してしまう。

 事前にお土産を買う時間が無くて、空港内の土産屋で数点チョコレートとか全く喜ばれないであろうもの(まぁお決まりのやつですね。)を購入する。レジのお姉ちゃんに値引きになっているでしょ?って教えてもなぜかレジに打ち込めず、四苦八苦している。まだ朝が早いせいか、助けを呼ぶにも他のスタッフも居ない様だ。結局、諦める。しきりに謝る店員。

 そんな事をしていたら、中途半端な時間が残ってしまい、いつものマクドナルドで朝食を取ろうにも、イミグレで時間がかからないかどうか不安だったので、とりあえず中に入ってからにすることに。

 イミグレーションでは、出国カードとパスポートを見比べて「おまえはレジデントじゃない」と言われ、書き直すはめに。ビザのせいである。一応ビジネスビザの種類だからレジデントな様な気がするが、旅行者と同じ一時滞在者なのだ。一緒にして欲しくないけど。一時滞在者として書き込むべき出国カードの項目は「一時滞在者の出国」で「一時的な出国」ではないので帰ってきたら、「もう、一回出国したら駄目だよぉーん」とか言われないかなぁと心配になる。>結局何とも無くオーストラリアに再入国できるんだけどね。

 ちょっとした不安も持ちつつ、ゲート付近に向かうが当ては外れてカフェのような物はまだ閉まっており(あたり前か、まだ

7時前だし)機内食まで朝食はお預けになってしまう。

 機内には新しい機種のせいか、全ての席に液晶モニターが付いていた。それにアメニティグッズが備えてあって結構キャセイはいいかもしれない。お腹が空いていたせいかうまくない機内食を平らげてしまう。

 ジャッキーの"サンダーボルト"と"ホームアローン3"を見た。結構昼間のフライトでは眠くならないので、この手の映画を見てしまうことが多い。香港までの8時間半のフライトは、まぁまぁ快適に終わる。着陸も左側の席だったせいか、恐くなかった。

 イミグレーションは、あっけなく終わるが荷物が全く出てこなくて20~30分待った。その後香港のJALカーゴで研修中で、前半は宿の提供者でもあるT氏と合う。翌日の空港見学のためのパーミットを取得して、町に出て両替をする。そう俺はオーストラリア$しか持っていないのであった。外に出ると、湿気が多く、そして人の雑踏。なんだか日本に帰ってきたような懐かしさを感じる。やっぱりアジアはいい。近くの銀行で何とか英語を駆使して、交換に成功。しかしやっぱり広東語の世界である。うまく通じないが、自信で押し切った格好。

 その後、空港に戻り屋上から間近に着陸する飛行機を見て、そのあとまだ仕事が残っているTが一旦オフィスに戻ったので(もちろん空港内なのですぐである)、俺は再び町に出た。あちこち歩き回って、九龍城の跡地を見たりして時間を潰した後、再びTと落ち合い空港近くのDiamond Hillで現地人(!)が行くような汚い食堂で四川料理を食した。

 かなり辛い。俺はシドニーに来てかなり辛い料理には慣れたのだが、四川料理は全ての料理が馬鹿みたいに辛い。が、うまい。そして、辛い料理は食欲を増進するので止まらない。最初の料理からして中華の偉大さを目の当たりにした。

 バスでTの自宅に向かう。こちらではほとんど全てのバスが、2階建てであり、運転が乱暴でたまに事故を起こすせいか地元民は2階席の先頭には座りたがらないらしいが、こちらは真っ先に座って楽しむ。運賃は大体出しても4,5HK$で100円に満たないことが多い。地下鉄よりも安いのだが、複雑怪奇な路線網のためなかなか最初の人には乗りにくい。しかしこの旅行ではTがいたせいかバスに乗りまくることになる。

 家に戻る前に、ジャスコで買い物をする。全く日本のスーパーであり、日本食、日本のお惣菜も豊富に手に入り、羨ましい限りだ。その夜、VCDを見て寝る。