メインのクレジットカード(家電店系)で、その家電店の通販サイトで購入したら、カード決済照会ではねられた。
なんでだ〜?と思って、よくよくカードをみたら、セキュリティコードを間違えていた。
あと、バイクの鍵が見当たらなくてガレージに行ったら、バイクに差したままだった(あぶな!)
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北海道ツーリング8日目は新日本海フェリーの船上から。朝9:30に新潟西港フェリーターミナルに着岸。
あっという間の1週間だった。SR400も、ノートラブルでよく走ってくれた。外観はボロボロだけど、燃費も上々で良く走ってくれた。
あとは関越道で東京に帰るだけだ。
船を下りる前に時間がなかったので、下船後すぐに新潟バイパス近くのマクドナルドでゆっくり朝食をとった。
朝食をとりながら、目の前のバイパスが混んでいることに気がつく。
新潟は車線数もそれなりにある新潟バイパスが東西に走っているのだが、車通りがかなり多くて、混雑するようだ。実際、1週間前に新潟港に向かう行きもそうだった。
道路情報を見るとバイパスの渋滞は新潟西ICまで断続的に続いているようだった。
こんな街中でバイクで渋滞に巻き込まれたら暑さで死んでしまうのが目に見えていたので、バイパスを使わずに、北陸道の新潟東スマートICから課金することにした。
高速道をSR400で走るのは走行風と振動で苦痛でしかないので、本来なら60キロぐらいの時速で一般道でのんびりと帰りたい。
だが、それ以上に本州に戻ってきて暑いので渋滞には極力巻き込まれたくない。だからやむを得ない。
北陸道に乗ってしまえば高速道路は空いていて、だいたい時速90キロぐらいで巡行したが、暑い。
谷川岳で休憩すれば少しは涼しいかと思ったが、そこでも暑かった。
中里サービスエリアで給油して一気に東京まで。15時頃に到着。
練馬ICからは目白通りが少し混雑した。暑さもあってか、かなり疲れた。
| 走行距離 | 343km |
|---|
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| ガソリン | ¥2,024 |
| 食費 | ¥450 |
| 高速・フェリー代 | ¥5,740 |
| キャンプ場・宿泊費 | ¥0 |
| お土産代 | ¥0 |
| その他 | ¥0 |
| 合計 | ¥8,214 |
7日目は十勝管内の上士幌町の上士幌航空公園キャンプ場を7時にスタート。
道内のツーリングは今日が最終日で、17時の新潟行きの新日本海フェリーで北海道を発つので15時までに小樽港へ到着する必要がある。
それ以外は特に予定はないので、四日目に北見で行けなかったトリトンでの寿司を昼食にしようと思う。国道274号線で日勝峠を走るが、カーブが雄大で景色もよく、十勝平野では曇りだったが峠道で標高を稼ぐと運上にでて晴れ、気持ちが良い。しかしながら日勝峠は長い。山道区間だけで100キロを超え、バイクで走ると体力を使う。
由仁町の川端の交差点まで下りてくると、急に開けるので石狩平野に入ったことがわかる。さらに50キロ国道274号線を走って札幌へ向かう。
途中、なかなか左側にガソリンスタンドがない。300キロ近くなっていたのでガス欠はしたくなかったのだが、かといって右側に入るのも気を使うのでもうしばらく我慢、我慢・・と考えていたら、結局、市内の南郷通に入るまで左側のガソリンスタンドがなかった。
南郷通沿いのスタンドで給油。最長の322キロ走った。
峠を走ったので、燃費はやや下がり、31.9km/ℓ。
いずれにしても、国道274号線を札幌方面へ進む左側にガソリンスタンド作ったら、儲かりそうな気がする。
トリトンには開店直後の11時過ぎに到着したがすでに長蛇の列・・・。人気があるとは聞いていたがここまでとは・・・。45分くらい待って、カウンター席に着席。
すべて、オーダーして握ってくれる。ネタが大きくて新鮮。北海道で食べるなら、ウニや貝類がおすすめ。
生寿司で満足した。小樽へ向かうがやや早いので少し回り道しよう。
まずは社会人になりたての若いころ住んでいた豊平区にある独身寮へ行ってみた。
恐ろしいことにもう25年も前のことなのであったが、あまり変わっていない。
当時は冷蔵庫を使うように毎日通っていた寮の目の前にあったセイコーマートも健在。
国道230号線で定山渓から、札幌国際スキー場を経由して小樽へ向かう。
札幌国際スキー場は、シーズンオフで道路から中に入ることすらできず、残念。
そこから小樽へはかなり急な道であまり気持ちの良い走りはできなかったが、昔の思い出を少しだけなぞることができた。
小樽運河の近くの有料駐車場にわざわざバイクを止めたのに、運河近くでお土産店を探したが適当なお店が見当たらず。
物色する場所を間違えたようだ。
若干のお土産を物産館で購入しつつ、その近くのコンビニで船内で食べる夕食と、飲み物類を買う。
15時にフェリーふ頭到着。これで北海道ともしばしお別れだ。
帰りの便でも天気がよく甲板から夕陽を眺めた。水平線上に雲がかかっており、日本海に沈む瞬間を見ることは叶わなかったが、反対側の甲板に出てみると東の空に美しい月が。
今回の北海道ツーリングは本当に来てよかった。
新型コロナウイルス感染症のせいで、人との接触は極力避けたツーリングだったけど、逆に仮想空間ではない現実世界・北海道で充実した時間を過ごすことができた。
また来よう、という希望を持つことができた。
明日は新潟港から帰るだけ、ということで海風に吹かれながら、そんな感傷に浸った。
| 走行距離 | 294km |
|---|
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| ガソリン | ¥1,597 |
| 食費 | ¥4,188 |
| 高速・フェリー代 | ¥18,500 |
| キャンプ場・宿泊費 | ¥800 |
| お土産代 | ¥0 |
| その他 | ¥2,498 |
| 合計 | ¥26,783 |
5日目のスタートは、弟子屈町のホテル摩周を7:30に出発。
かなり年季の入ったホテルでしたが、畳部屋できもちのよい布団で寝たせいか、もう少し頑張れそう。
ただ、無理してバイクツーリングするのは、事故の元。
昨日途中で考えていたように、明日のフェリーに便変更して日程を一日短縮することに。
本当はもう一日道東をめぐりたかったのですが、そこは次回に取っておくことにします。
100%北海道を満喫できないけど、20%だけまた北海道に来るモチベーションで取っておいて、道東はあきらめて今日は帯広方面に向かいます。
弟子屈町から国道241号を阿寒湖方面へ。
しばらく走ると雌阿寒岳を望む峠道に。
北海道の峠道は、本州の峠ほど急坂とか旧曲線がなく、ゆったりとして雄大なので走るのが楽しい。
ほどなくして阿寒湖に到着。
朝早かったせいかまだ土産物店などもこれから開店しようかな、というやや早い時間帯で、コロナ禍のせいか人はまばら。
湖畔で朝のコーヒーでも飲もうかと思ったのだが、見渡すとなんだか至るところ、俗っぽく観光化されすぎている・・・、あくまで個人的な印象ですけど。
コーヒー買おうにもコンビニは張り紙だらけでカップコーヒーすら売っていない。
湖畔もボート乗り場などが迫っていて、そこに人も立っていて湖畔を楽しめるスペースすらない。
もしかしたらよーく探せば、湖畔にアプローチできるところがあるかもしれませんが、富良野激疲れの再来を予想。
がっかりが増大しそうなので、早々に立ち去りました。
今回の北海道ツーリングで、行かなければよかったところナンバーワンだったかもしれません。阿寒湖の人、すまん。
再び国道に戻り、足寄町方面へ進みます。
途中、峠道を下る途中でキタキツネを見ました。
足寄までは結構長い道。だけど、天気は晴れていて暖かいので、昨日走ったオホーツク海岸沿いのように濃霧と鉛色の寒空でないので、元気は出る。
足寄道の駅で休憩。この道の駅は、結構、人が多かったです。
豆大福が売っていたので、食べました。この界隈は豆が特産品のようですね。
昼飯は帯広のぱんちょうの豚丼と決めているので、先を急ぎます。
足寄から先は高速道路もあるが、北海道ツーリングでは高速道路は使わないことにしていました。高速道路は周囲の景色が楽しめませんからね。
足寄からは十勝平野に入ったようで、とにかく広大な農地が広がっています。そんな広大な農地をみているだけで非日常感でワクワクします。
国道242号線を本別方面へと南下し、池田町でガソリンを給油。
池田町から進路を西にとり帯広市街を目指します。ほどなくして国道38号線となり、帯広市内へと入ります。
札幌と同じで碁盤目のように区画が仕切られており、走りやすい。
豚丼のぱんちょうには11時半間に到着したがすでに10人ぐらいの行列。最後尾で待っていると12時に近づくにつれて続々とお客が並んでくる。
ほどなくして入店・着席できて、豚丼の梅を注文。(松が一番安くて、竹、梅、そして華と肉の枚数が増えていく。)
もう、美味い、しか言葉になりません。
そのご、六花亭にいきお土産を購入&宅配便送りし、今度は再度北上してナイタイ高原牧場に向かいます。上士幌の西部の高原に広がる広大な酪農牧場で、景色も素晴らしいですがお目当てはソフトクリームを食べに行くことです。
帯広から上士幌までは40キロほどあり、途中、駒場白樺並木で写真をとりました。
上士幌町に入り、ナイタイ高原牧場テラスに。ソフトクリームが旨っ。
だいたい、いい時刻になってきたので、上士幌航空公園キャンプ場へ向かいます。
サイト敷地が広大なんで気にはならないんですが、やたらを沢山のソロキャンパー、ファミリーキャンパーがいました。帯広市街あたりから、距離的にちょうどよいのでアウトドア好きが集まる場所なんでしょうか。
まだ日差しが暑い中、テントの設営してから一旦サイトを離れて、風呂と買い出し。
風呂はふれあいプラザ浴場という町営の温泉施設。またしてもサウナ併設。外気浴はないんだけど、300円の入浴料だけでこんな本格的なサウナを楽しめていいんでしょうかね?という疑問しかない。
今回のツーリングでは3回も、良いサウナに巡り合ってしまいました。しかも格安で。
整ってさっぱりしてから、本日も夕飯はセコマ飯である。
バイクツーリングだとキャンプ用のクッカーとかはあまり持ってこれないので、今回はかなりセコマにはお世話になった。
米をメスティンで炊いて、レトルト中華丼をかけて食う。それだけで十分うまい。
セコマがなければ、北海道ツーリングは成り立たないと言い切れる。
明日は道内最終日。小樽港を夕方出港する新日本海フェリーで北海道をさります。
| 走行距離 | 231km |
|---|
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| ガソリン | ¥1,229 |
| 食費 | ¥3,128 |
| 高速・フェリー代 | ¥0 |
| キャンプ場・宿泊費 | ¥800 |
| お土産代 | ¥6,780 |
| その他 | ¥0 |
| 合計 | ¥11,937 |
北海道ツーリング五日目
今日は長い一日になりそうだ。雨は降っていないが雲がかかっていて涼しい。
距離を稼ぎたいので、朝6時にクッチャロ湖キャンプ場からスタート。オホーツク海沿岸沿い国道238号線を南下する。
海沿いを走り始めてわかったが、雨粒はないものの、霧の中を走っているような感じで濡れる。だから、バイクで走ると7月なのに寒い(停車していれば過ごしやすい気温)。
そんな天候のせいで、すべての景色がグレーに染まっていて、その風景で、体感的にも一層寒さが増す。
枝幸、雄武、興部と小規模な街にくると商業施設としてはコンビニとガソリンスタンドと小規模なお店と郵便局があって人の気配はあるが、それ以外は国道沿いにまばらな寒村が点在するだけで基本的には荒野が広がっているだけだ。そんな、オホーツク海岸沿いをSR400でひた走った。
紋別は比較的大きな町だった。漁業と海産物加工が中心なんだろうと思う。
さらに南下して湧別町までやってきた。
早朝浜頓別町をスタートして150キロ走ったが、7月も下旬だというのに寒さで体の震えが止まらない。4時間霧の中を道を走ってきたことで、ジーンズがしっとりと濡れたところに走行風があたって、すっかり体の芯まで冷え切っていた。
中湧別駅跡にあるチューリップの湯で体を温めることにした。時刻は9時半を過ぎており、しばらく待てば温泉施設が開くはずである。
平日の朝一ということで風呂はすいていた。湯船でゆっくりと体を温まることが出来た。ここにもサウナ施設があったが、冷えている体を湯船で温めるにとどめ、サウナはやめておく。
このまま網走から斜里・知床方面へと進むことも昨日までは考えていた。温泉に漬かりながら、どうしようか考えたのだが、早朝から走ってきたようなオホーツク海岸沿いのどんよりとした霧の中をひたすら濡れて走るのは気分的に滅入る。
一旦、内陸の北見方面へと向かうことにした。サロマ湖の中ほどで国道239号を逸れて峠越えする。内陸へ向かうと天気は回復し、晴れて暖かくなってくる。良かった。
暖かくなりジーンズもすっかり乾いたが、休憩をはさむ。湯船で体は温めたが、疲労がたまっている感じで、いまいち元気が出ない・・・。
まずは北見では元気を出すためにトリトンでうまい生寿司でも食べようと思って市内に出た。あいにくトリトンは閉まっておりNG。
いや、体を温める意味では寿司ではなくて、暖かくて消化に良いものを食べた方がよさそうだと考え直して、うどん屋に入ってうどんで昼食を摂る。
予約をいれて安宿を取り、今日はその宿がある弟子屈町まで走ることにした。
北見市内でガソリンを入れて、美幌の町を抜け美幌峠からの屈斜路湖への眺望を楽しみつつ、屈斜路湖畔を走りながら、摩周湖へ抜けようとしたのだが、屈斜路を過ぎた川湯温泉あたりで疲労が限界に。無理はできないなと感じ、摩周湖周遊は諦めることにした。
弟子屈町の市内に向かい、投宿。
買い出ししつつ、2回目の洗濯もした。
温泉宿を選んでいたので、熱めの温泉が疲れた体に効いた。
畳に布団がありがたい・・・。
| 走行距離 | 337km |
|---|
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| ガソリン | ¥1,113 |
| 食費 | ¥1,531 |
| 高速・フェリー代 | ¥0 |
| キャンプ場・宿泊費 | ¥5,750 |
| お土産代 | ¥0 |
| その他 | ¥1,494 |
| 合計 | ¥9,888 |
北海道ツーリング四日目。天塩町の鏡沼海浜公園のキャンプ場から。
夜の間、雨ではないのだが霧のような夜露のような水滴がテントとタープを濡らしていた。風が酷くなくて助かった。
広げて乾かしてから片付けてスタート。
すぐにキャンプ場のすぐ近くが、オロロンラインのスタート地点。
ここから、本当になにもないサロベツ原野が広がる。ほどなくしてオトンルイ風力発電所に。巨大な風力発電機が三十機近くが一列に建ち、プロペラが回転する姿は壮観で、荒涼とした背景のせいもあってか宮崎駿監督の巨神兵を想起させる。
そのあと、北緯45度線の記念碑を超える。雑な表現をすると赤道と北極のちょうど中間地点になる。ただ、中間地点がこんなに寒々しい景色であるとすれば、この先半分はもっと寒冷気候になるんだね、という事になる。
だんたん、(時速60キロで)走っても走っても道路を除いた人工物がなくなってくるので、どれくらい進んだのか?という実感が薄れてくる。
稚咲内という小さい集落の交差点をまがり、海沿いを走る、オロロンラインを離れ、豊富町の中心地がある内陸部へ向かう。
サロベツ原野は日本海岸沿いに、南北に広大に広がっているが、ちょうどこの豊富町の辺りがもっとも幅が広いかもしれない。
そんなサロベツ原野の幅が広い部分を横断しきって豊富町の町のはずれに宮の台展望台がある。
小高い丘の上に3階建て相当の展望塔が建っている。月曜日のせいか観光客は誰もおらず、展望塔が経っている公園の樹木の枝落としをする二人の作業員がもくもくと作業している。
塔に上ってサロベツ原野を見渡す。人気が無い原野と一昨日までの富良野の富田ファームの人だかりを比較して、やっぱりこっちの方が北海道らしさはあるな・・・、とどうでもよい考えが浮かんだ。
ここから、国道40号線を北に向けて走り、宗谷本線にある抜海駅を目指す。
最北の木造駅舎として有名らしい。(鉄道に関係しているなら見ておけば?と昨晩のライダーさんに言われた。)
途中、広大な牧草地が広がっていて、刈り取った牧草ロールがゴロゴロと転がっていた。
思い返せば留萌より北側ではそもそも農地が無かった。寒すぎて牧草ぐらいしか育たない、という事なんだろうか。
そうした冷涼な土地でも酪農を営む人たちがちゃんと根付いているという事が人間の逞しさなんだと思う。
抜海から、さらに海沿いを北上して宗谷岬と対となるノシャップ岬に。一応バイクを止めてみたものの、あまり何も感じることなくすぐに離れてしまった。
そこから岬を回って稚内の市内に。結構、大きな町で驚く。駅前も立派だし、とくに漁港が大きい。走り通して疲れたのとスマホの充電が不足し始めていたので、最北のマクドナルドで休憩。小腹も満たしつつ、充電をさせてもらう。(当たり前だがマクドナルドはどこも変わらないので、一瞬で東京に戻ってきた感じがした。)
そこからさらに宗谷岬までは30キロもある。途中、宗谷郵便局の脇から宗谷丘陵にあがりダートの白い道を行く。白の正体はホタテの貝殻を砕いたものだ。
ゆっくり行けばSRでも怖さを感じることは無い。宗谷丘陵の景色はこの北海道ツーリングで最も印象に残った景色だったかもしれない。
人工物も高い木も無く、ただうねうねとした丘陵地帯が続く景色は海外に行くよりも貴重かもしれない。
宗谷岬へと降りて、最北端への到着を家族に通話して報告して、お昼にする。
宗谷岬を見下ろす丘の上にある間宮堂というラーメン屋のホタテ塩ラーメンを頂く。真夏なんだが、最北の地はそれほど暑くないので熱いラーメンもうまい。
最北端を過ぎるとオホーツク海沿いを南下することになるが、今日の宿は浜頓別にあるクッチャロ湖畔キャンプ場にすると決めている。
夕日がきれいなキャンプ場で有名なのだ。
途中、猿払の先で国道を逸れると、エサヌカ線という原野をまっすぐに貫く道を走ることが出来る。電柱・電線がないため、原野・道路・地平線という3物しかないのだ。
これは今回の北海道ツーリングの第二位に入れて良い景色だったと思う。
エサヌカ線を抜けるとほどなくして浜頓別の町に入る。市街地の西側にクッチャロ湖という湖があってその湖畔にキャンプ場と温泉がある。
キャンプ場の受付を済ませてサイトに行くとすでに多くのキャンパーがテントを張っている。
いままでの所より、かなり人気があるキャンプ場の様だ。実際、夕飯用の米を研いでいるときに聞いた話では本州のいろんな所から来ているひつが集まっていて、長逗留するひとも多いような事を言っていた。
まずテントを張ってから、ガソリンをバイクに入れにガソリンスタンドへ立ち寄りつつ、スーパーで夕飯の買い物をした。その帰りにキャンプサイト近くのはまとんべつ温泉ウイングにて風呂。
またしても立派なサウナがあり、3サイクル満喫。外気浴はないものの、サウナとしての質は最高だった。
その後キャンプサイトに戻り、夕飯を作る。曇ってきたのでクッチャロ湖に沈む夕陽を見ることは叶わなかった。
明日、このオホーツク海沿いをどこまで南下するが、どこまで行くのかまだ決めてはいない。
間違いなく、最長距離を走ることになるので、いずれにしても早朝スタートにすることにはなるので、早々に寝ることにした。
| 走行距離 | 210km |
|---|
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| ガソリン | ¥1,290 |
| 食費 | ¥2,614 |
| 高速・フェリー代 | ¥0 |
| キャンプ場・宿泊費 | ¥950 |
| お土産代 | ¥0 |
| その他 | ¥0 |
| 合計 | ¥4,854 |
北海道二日目。一日目は若干観光に振った行動だったが、今日からは、最北端を目指して走る。
上富良野真横に走って深川を経由して日本海側の留萌に抜けたいのだが、南進して芦別・赤平・滝川を抜けるか、北進して美瑛・旭川を通って深川へ抜けるかの2択。
昨晩、風呂に入っていなかったので南進して北竜町で午前中からやっている温泉に入りたいなと思いつつも、美瑛のパッチワークの道と神居古潭に行ってみたかったので、北へ進みまずはケンとメリーの木をみてパッチワークの道を楽しむ。
美瑛の景色をみると北海道に来たな、という実感が湧く。
旭川の市街を掠めつつ国道12号線を南進して神居古潭に立ち寄る。石狩川に架かるつり橋を渡ると、昔、函館本線の旧線が通っていた神居古潭駅跡が残っている。
朝早くから掃除をしている人がいて、駅舎も美しく保存されている。
C57,9600,D51の3両の蒸気機関車が保存されている。こちらは雨ざらしのせいか少々くたびれているが、駅全体が昔の雰囲気を感ぜられる良い場所なので、布巾を通る際は立ち寄ってみることを進めたい。
深川の市内に入らず北側を迂回しつつ国道233号線で留萌方面に向かう。
途中北竜町でメロンを打っているお店が街道沿いにあったので東京にお土産で送った。
留萌までそこそこ距離はあったが、並行して高速道路ができたためか国道は交通量が少なく非常にはりしやすい。留萌の町に入って駅に向かってみた。昔の国鉄の立派な駅舎だがすっかり本数が減ってしまったため、中はガランとしていた。
留萌からは国道239号線を日本海の沿岸沿いに走らせ最北端まで向かう。国道239号線はまっすぐに、日本海を見ながら雄大に走ることができる。
途中、羽幌の町で給油とお昼を取るためにストップ。北のニシン屋さんで羽幌丼をいただく。そこそこのお値段で、昨日札幌場外市場で食べた海鮮丼に負けていない。
羽幌丼を食べて出てきたら、バイク乗りの方が話しかけてきてくれて、やはり北へ向かう模様。聞けば同じ日の出公園でキャンプをしていたらしい。
こんな会話がこれから続いてく旅を支えていくことになるとはこのタイミングではあまり思って無かった。
さらに60kmほど走って天塩の町に入る。道の駅でさっきのライダーさんと再会。こちらはすぐ近くの鏡沼キャンプ場に泊まろうを思うと話したら、相手は稚内まで走って宿に泊まるらしく電話で予約を入れていた。
鏡沼キャンプ場に飛び込みで入る。まだ一組しかキャンプ場にはいなかった。海が近いせいか風が強い。ちょっと曇りの天気で暑くなくてよいのだが、一応タープも張っておく。
タープを張った後、近くの温泉にまず向かった。昨日はシャワーしか浴びていなかったので、風呂に早く入りたかった。海と反対側の陸地側に夕映というホテルに併設された温泉施設があり、ビーチサンダルに履き替えて歩いて向かう。
温泉にはサウナもあり、人が少なかったので入ってみた。広い露天で心置きなく外気浴も楽しめた。
きっと今日は良く寝れるはずだ。
夕飯の買い出しで、さらに歩いて天塩の住宅街方に歩いていくとセイコーマート発見。ビールとレトルト中華丼とサラダを買って、キャンプ地に戻る。
メスティンで米を炊いているときにサラダを肴にビールを飲み、炊けたご飯でレトルトの中華丼を掻き込む。
明日は、いよいよ最北端の宗谷岬まで行く。隣にテントを張ったライダーさんから、サロベツ原野を望める宮の台展望台と、宗谷本線の抜海駅がいいよ、と言われたので宗谷岬に行くまでに立ち寄ろうと思う。
| 走行距離 | 240km |
|---|
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| ガソリン | ¥1,062 |
| 食費 | ¥3,721 |
| 高速・フェリー代 | ¥0 |
| キャンプ場・宿泊費 | ¥1,252 |
| お土産代 | ¥0 |
| その他 | ¥200 |
| 合計 | ¥6,235 |
いよいよ、北海道上陸。朝3:30に起床。新日本海フェリーの甲板に出てみるとすでに街が見えていた。天気が良さそうだ。
フェリーの車両甲板から自走で北海道上陸。SR400二日目ツーリングスタート。
高鳴る気分を抑えつつ、小樽運河と小樽駅をぐるっと回ってみながら、国道5号でゆっくり向かう。待ち合わせ場所の札幌場外卸売市場へ。最初は北海道の学校に行っている息子と落ち合っての北海道のウニ・イクラ・マグロの3色海鮮丼の豪華朝食。やはり北海道のうには違う。まずは舌で北海道を堪能した。
国道274号を走り、由仁町を抜けて夕張へ。
途中寄り道して、少しだけ夕張の市内をみてみたが旧夕張駅跡はまだ良いほうだが、マウントレースイの廃業したホテルの建物はさほど時間が経っていないにも関わらずすでに、廃墟感が出てきている。
清水沢の駅跡もコンビニとその隣の農産物直売所以外、建物はあるがほとんど人気がない。だんだんと自然に返り始めるだろう。
その後、シューパロ湖の展望台をみつつ赤平へ抜ける道をそれて、富良野市内へ。日曜日のせいか、富良野市内から冨田ファームへ向かう道が混雑している。
止まると暑い。天気は良くて嬉しいのだが、せっかく北海道に来たのに、気温が東京並に熱い。
バイクを止めた駐車場がメロン富田となっていて、なんだかラベンダー感が無くてそれでいて妙に俗っぽい。
どこにラベンダー畑があるんだ?って探すが、メロンばかり推していて、まったくあの紫色のラベンダー感がない。
しばらく、敷地沿いをあるいていくと、ラベンダー畑を発見。そこの看板に書かれていたのは、ファーム富田とメロン富田(あとで調べたらとみたメロン、という施設らしい。)は無関係らしい。それにしても、ファーム富田のラベンダー畑は素晴らしかった。一面のラベンダー畑がきれいに・しかも広大に広がっている。
美しいプロ写真家の写真でしか見ることができないのではないか?と思われるような景色が自分の視界に現実に存在する、という驚きを禁じえない。
少々、ファーム富田は、その規模がすごい。あまりにも圧倒的なお花畑を見続けて、そして歩きまわりすぎて疲れた。喉を潤して今度は青い池に行ってみた(途中で昼飯を取ろうとして上富良野市街にある食堂に入ったのだが、人が多すぎあきらめた。)。
25kmほど山の方にむかって車を走らせると有料の巨大駐車場があり、そこから5分ほど歩くと、青い池だ。ここも写真のようにとにかく透明で、まったく静止した水面が美しい池の水と水面に突き出た枯れ木が、独特な生命感のなさを見せている。写真を取ると風景はきれいだが、休みなんで人が多い。対象的に撮っている人たちの方を写すべきだったかもしれない、と思うぐらいに。
そろそろ、今日のキャンプ地である上富良野方面に戻りつつ、もう一箇所の観光地である四季彩の丘に立ち寄ってみた。
乱暴な言い方だが、ファーム富田はちょうどよい大きさの花畑だとすると、四季彩の丘は広大な北海道の大地を花畑にしてしまったようなものだ。(ちなみに、無料ではない。)
美瑛の丘陵地帯にそれを作ってしまったため、花畑を写すと映えるのだが、歩くとひどく疲れる場所でした。
いや、今日あちこち周りすぎた私が疲労してるだけなのだろうが、正直観光地をいくつも巡ってしまって、もう人の多さに辟易していたのだ(せっかく北海道に来たのに、人の多い場所に居る、というのは本当は避けたかったのだが、日曜日であったためやむを得なかった。)。
四季彩の丘のアップダウンを一巡りし早々に退出。日が傾いてきたのを潮時に日の出公園キャンプ場を目指す。途中、セイコーマートで夕食の買い物をして日の出公園キャンプ場にキャンプイン。キャンプサイトはそれほど広大、というわけではないが十分に広く、他にキャンパーの人がいても隣が気になったりはしない。
800円は、このあと道内で巡ったキャンプ上の中では一番高かったが、きれいな芝生サイトを使えて翌朝ゴミも出せれば、本州のキャンプ場と比べたらまったく安い。
なんとか、暗くなる直前でテントとタープを貼り終えた。ただ、日の出公園近くにある温泉に目をつけていたのだが、暑さと昼間の行動で疲れ切ってしまい、その温泉にも行けず、キャンプ場内でのシャワーを使い、コンビニ飯にて終了。明日からは更に最北端を目指してバイクを走らせる予定だ。疲れのせいで寝付きが良かった気はした。
| 走行距離 | 266km |
|---|
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| ガソリン | ¥1,045 |
| 食費 | ¥9,690 |
| 高速・フェリー代 | ¥0 |
| キャンプ場・宿泊費 | ¥800 |
| お土産代 | ¥2,633 |
| その他 | ¥100 |
| 合計 | ¥14,268 |
SR400で、2021年7月17日(土)から7月25日(土)まで7泊8日で北海道ツーリングの記録です。
日記として残します。(記憶をたどりながらアップデートしていきます。)
初日は、まずは新潟港のフェリーが12:00出港のため、10:00にフェリー乗り場到着を目標に、まずは関越自動車道で移動します。
自宅からだと350kmくらいありますので、朝は5時前にスタート。環七から目白通りを経由して練馬ICへ向かいます。早朝の都内一般道は渋滞もなく、順調に関越道に。
ただ、高速はひたすらに90キロくらいでの巡行を強いられれるので、SR400だと辛い。もし、次回チャンスがあれば、大洗港からフェリーに乗りたいですね。途中、赤城高原SAで休憩と給油、越後川口SAで休憩を取りました。
新潟西港近くのコンビニで昼食用にトンカツ弁当と飲み物を購入。そこでヤマハのバイクに乗っている方から話しかけられた。こちらは初乗船前でやや緊張しているものの、その方はちょくちょく北海道ツーリングに来ているようで、まだ早すぎるなぁとしゃべったりしつつ、相次いでフェリー乗り場に向かいます。
だいたい時間通りの10時前に到着。コロナウイルス対策で、事前に受付に出向いて検温してから、乗船待ちのバイクの車列に並ぶ。
社会人になったときに札幌に住んでいて、最初に買った車で2,3回は新日本海フェリーで乗ったことがありました。その時は本州側に帰ってくるのでそれほど思いもありませんでした。(むしろ北海道を離れる時の感傷はありましが。)
今回はバイクでツーリングするために北海道をに向かう、という高揚感とドキドキ感がフェリーへのスロープを上がる際は最高潮に達しました(メットの中で一人、叫びました。)。
ただ、個人的な感傷に浸る暇もなく、出港前に速やかに車両甲板内でバイクを固定しないといけないので、テキパキと係員に誘導され、バイクを停車し、ローギア&ハンドルロック。
一泊分の着替えだけをもって船内へ。このときにサンダルも持って行くべきだったが、忘れていました。
船に乗ったらすぐにお風呂に行ったほうがいいと、ネットで読んだ気がしたので、朝から走りどおしで汗を流しに、即座に5解の大浴場に行きました。
船がゆっくりと新潟港を出港するのを見届けてから、すこし遅い昼食をコンビニ飯で済ませます。外洋にでてしまうとケータイの電波が圏外になり通信できません。
最近の航空機だったら衛星回線でつながるWi-Fiサービスを搭乗機内で提供しているくらいだから、快適なネット環境があれば退屈しないよな、と思っていたのですが事前に調べてみると、外洋では圏外になります、という新日本海フェリーのホームページの記述を見て、ケータイ回線を使ったWi-Fiサービスなんだなと思っていたので、なにか暇つぶしの本などがあるといいですね。もちろん、ぼーっとする方がむしろ非日常感を味わえて良かったです。キンドルに入れた本を2冊読みました。
この日は天気が良くてほとんど海上に雲が出ておらず、日本海に沈む夕日を見ることができました。19:00過ぎに西の水平線に沈んでいく夕日を見る人で甲板が満員に。
その後、船内レストランで夕食にザンギ定食をいただき、朝早かったので20時に就寝。
いよいよ明朝、北海道は小樽港に上陸です。
| 走行距離 | 340km |
|---|
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| ガソリン | ¥2,142 |
| 食費 | ¥1,921 |
| 高速・フェリー代 | ¥24,870 |
| キャンプ場・宿泊費 | ¥0 |
| お土産代 | ¥0 |
| その他 | ¥0 |
| 合計 | ¥28,932 |
2021年最初の投稿。と言っても、普段から投稿しているわけではないのでたまたま2021年になっていた・・、と言うだけなんですが。
未使用品をイオシスにて2019年8月18日に購入したGoogle Pixel3(49,800円)でしたが、2021年年明けからFelica全般の調子が悪く、ここ1週間はほとんどまともにモバイルSuicaでの改札口通過ができない状況でした。定期券を持っているのに、小銭で切符を買って電車に乗ることはまったくもって無駄な支出でした。
一度、フルリセットしてから再設定したものの、すぐにfelicaが使えない状態になる・・・。
ということで、自分にしては珍しく、潔く諦めてPixel4aの購入に踏み切りました(42,800円)。
通常の、スマホWeb閲覧やらアプリの使用には全く問題はないのですが、Felica機能がまるで使えないと普段の通勤時の定期券使用や少額の買い物時の非接触決済にておいて、不便を強いられることを改めて実感しました。
かといってモバイルSuicaは、カードタイプのSuicaにも戻せませんから、他の代替機や即時修理や交換してくれるサービスがないSIMフリー端末利用環境下では、新しい端末を購入するしかありません。もともとキャリアの月額保証費用を支払うのは無駄と思っていましたし、そもそも大手のMNOを離れています。
つまりMVNOに移って、通信料金も下がっていますから、1年半しか使っていませんけれども、こういう故障の時はスパッと新しい端末を買うのが正しい判断だと思ってはいます。
1月21日(木)の深夜にGoogle Storeで注文したところ、翌朝みたら23日から24日の間に到着する、ということで週末に何とか機種変更出来そうです。
あるツイートにもありましたけど、この賭け麻雀問題ですが、国会でいわゆる定年退職延長法案が可決した後に、ブチかますようにbunshunは仕込んでいたんではないかなと。
もし、可決成立していた場合の打撃は相当なものだったんでしょうね・・・。
この人たぶん「ギャンブル依存症」だと思います。身近に知ってますけど、「これで負けたら全部おしまい」というタイプの勝負の魅力に抵抗できないんです。検察官が賭け麻雀をやるというのは「職を賭してのギャンブル」です。ふつうの市民がやるのとでは緊張感がまるで違います。
— 内田樹 (@levinassien) May 21, 2020
真相はわからないから、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
でも、ある意味ではそういうギャンブラーの気概で、政権中枢部に絡んで行くようなヒトだったんでしょうね。
前回投稿から、半年も経ってしまいましたね。
その間に、世の中は2020年に東京オリンピックに向けて盛り上がるはずが、全世界的にコロナウイルス禍に見舞われて大変なことになっていますね。
私のガジェット購入記録はというと、昨年の夏ごろ?あたりでスマホをPixel3に変えました。あとこれはガジェットとは言えないかと思いますが、自分の中で思うところがあって、400ccの中古バイクを買って25年ぶりにリターンライダーになりました(その話はまた追々と)。
引き続きと言えるほど、上げていませんが、今後も細々とではありますが、自分メモを残していければと思っています。
ほんとうは、せめて1週間に一本はアップしたいんですけど…。まずは、身近なところからつぶやきに近いレベルで・・・。
まずは手始めじゃないんですが、Twitterネタで。
これちょっと良くないですか?
夏に試してみようかな。
— 檸檬 (@lemon___hh) May 19, 2020凍らせたコーヒーに牛乳を注ぐと最高であるということは僕にとって大きな発見だった。時が経てば経つほど色も味も濃くなっていく不思議な飲み物 pic.twitter.com/gBt30iI0Uc
万年筆で書くのに向いているハガキって何でしょうかね。
便箋だといくつか候補があって選びやすいのですが、ハガキで明確に「万年筆に向いています」とか「万年筆専用」とかを謳った商品てあるのでしょうか?
ま、ハガキで出すと水性インクが滲む可能性があるよね、という”そもそも論”もあるのかもしれませんが・・・。
あけましておめでとうございます。前回投稿から少し時間が経ってしまいました。
そんな自分日記帳なのですが、私は、奥野さんの本でもおすすめされていたA5サイズのノートを使っています。これは、いわゆる子どもたちがよく使っているサイズはB5より一回り小さいサイズ感です。B5サイズほど遍くお店には売っておりませんが、まぁ文房具を扱っている店ならA5サイズのCampusノートは扱われております。
今のところはコクヨの大人Campusノート(A5サイズ)を使っています。通常のCampusノートの表紙・背表紙ははパステル調ですが、大人Campusノートのそれは落ち着いた濃紺・黒に近い灰色(罫線・方眼で違うようです)とシックな装いで、執務スペースで持ち歩いても違和感はないと思います。
最初はボールペンで書いていました。夏頃は手持ちのCrossのClassic Centuryを愛用していたのですが、それでノートを書いておりました。ところが秋口に家族からガラスペンで万年筆インクをプレゼントで貰って、それを使ってノートを書いてみたら、なんか『気持ちいい』んです。
インクをつけてサラサラと書いてみると、書き心地が気持ちいいじゃないですか!
ボールペンで書いても単に事実を淡々と過不足なく事務的に書く、という感じだったのが、ガラスペンとインクで書いてみると何故かどんどん書きたくなる。むしろ、自分の語彙力の無さや思い浮かぶ内容のチープさにがっかり感を抱くくらい、無駄に書き綴りたくなる。・・・といっても理解してもらえるか分かりませんが、とにかく書き続けたい、という衝動が伝わりますでしょうか?
そうなりますと、せっかくなにかアナログになにかノートに書くなら、そのプロセス自体も楽しみたい。と思い始めてしまったのです(もともと、道具とかそういったものにこだわりたい気質ではあると思っています。)。
そう思ったら、インクを使って万年筆で書く、という今までやったことがなかった体験をしたくなりました。
まずはPilotのKakuno(カクノ)という超入門者用万年筆を買ってみました。まずはカートリッジを取り付けて、暫く待ちます。
インクがペン先にジワジワと染み入るまでは、すぐには書けないんですね。Kakunoは透明軸を買ったので、ジワジワとペン先にインクが染み込む様子が見えます。ここがまた良い。
そして実際にCampusノートに書いています。不思議なのですが、ボールペンで書いていたときはまぁ、普通に書く、だったのですが万年筆だと何かを書きたい、という衝動に駆られたのでした!その書く、というプロセスに魅了された瞬間でした。
今後、文房具というラベルで、万年筆と、それを書く紙としてノートやメモについても、綴っていこうと思います。(つづく)
そうした考えが大事だな、って自分の中だけで思ったわけではなくて、ちょうどたまたま出会った本:奥野宣之さん著「人生は1冊のノートにまとめなさい」に影響を受けました。
実用書の分野なのですが、よくある軽いハウツー本ではなく、著者のしっかりした経験とお考え書かれていて、誰でもかんたんに実現できる良書に仕上がっています。
私もこれまでは手帳は使っていました。たぶん、システム手帳歴は10年以上だとおもいます。
途中で、バイブルサイズのシステム手帳に切り替えて、5年ほど前にはヌメ革の自分仕様のシステム手帳をオーダーしたぐらいです。このヌメ革手帳もかなり手に馴染んでいます。(ノート活用に力点が移ってしまったので、今後どう活用しようか悩んでいます。)。
ただ、手帳っていうのは未来の予定を管理することを前提としているので、あまり振り返ることはしていなかったんですね。
システム手帳なんで、スケジュールリフィルだけじゃなくてノートリフィルも使っていたのですが、全くのメモ帳状態で、書かれた情報が再利用できるようになっていなかったです。なので、「年」が変わるとカレンダーとともに代替えをしていたのですが、引き出しの中で眠ったままになってます。過去の予定だけ手帳のカレンダー上で確認しても、得るものはないんですね。
そして、一方で会社ではOutlookを使ったり、プライベートではGoogle Calendarを使っていたりする。
自分のなかでは、システム手帳での予定管理の使いみちがどんどんこれらのITツールに置き換えられていきましたが、それでも紙で見えたほうが安心な部分もあって、二重管理をしていたことも事実。しかしながら、最近はGoogleのサービスの便利度が大変向上していて、無償であるにも関わらず多分他のサービスの追随を許していないんじゃないかと思います。
あと、必要なことはしっかりと自分が何をしてきたか?やどう感じたか?とか、ふと過去に疑問に思ったことなどをちゃんと振り替えれるか?という過去の経験とか思考のマネージが残されたやってないコトだなと、前述した「人生は1冊の〜」を読んで強く思ったのです。
ところが、本にかかれていることは決して難しいことではなくて、普通の大学ノートにあらゆることを時系列でどんどん書いていく、だけなのです。そしてたまに、内容を見返す。そうすることで、過去の自分を蘇らせたり、今の自分との差分に改めて気づく事ができる。というわけです。
6月末からスタートしたのですが、まずは気が向くままにズンズン書いてみました。
最初のうちは、見返してみても何書いているかさっぱりわからないようなことも書かれていましたんですが、あとになって気がついたこととして、「書く」という行為だけでも人は十分に満足することがじつに多い、ということです。
なんだろう、モヤモヤしていたことなんかも書いてしまうと、治まることもあります。あとで読み返しても字面だけ追うと内容がよくわからないけれども、じつはそのタイミングではあまり消化できずにもやもやしているものを吐き出しているんだ、とあとで気づいたのです。
この効果は自分には嬉しかったです。なので、いまは嫌なことも良かったことも、思いつきでもどんどん書くようにしています。
筆者の奥野氏はこまめにスキマ時間を使って記録を淡々と書くような感じを勧めていますが、自分はそんなに細かくは記録をつけていなくて、起きた時間・朝食・移動時間・退社時間・夕食などを書いていきます。
途中途中で、気付きや思ったことを☆マークを付けながら、書きたいように書いています。
あとは、貰った紙やレシートなんかをバンバン貼ることが良いです。
これらの貼られた紙からの情報量が増えるので、あとでノートを見返したときに、ああ、コーヒー買ったな、とか、ビール買っているな、とかが気付けます。(著者の言う空気感だと思う。)
今回も文房具ネタに入れませんでしたね。(つづく)
ここ20年位は、PCに始まり、携帯電話、スマホ、そしてChromebookとデジタルガジェットを変遷しながら、ハマってました。
そんなだったので、手書きで何かを綴る、と言う事から遠ざかっていたのですが、ふとしたキッカケで「ノートで手書き」するようになりました。
デジタルはデジタルで良いのですが、手書きにも手書きで良いところがあります。
今更ですが、こうしたブログ・最近ならSNS等のデジタル的な手段は、何かを効率的に発信するのに非常に優れたいることは疑いようはありません。
でも、誰に言うでもないコトや自分で思った全てのコトってありますよね。それをノートに書こうかなぁと。
ブログに載せるネタ帳では無いんですが、もし発信したいことがあったら、そこから自分の中で反芻して書き出そうかなと。
だから、最近はSNSは見るだけになってて(しばらくFacebookもみてない・・・。)、ブログだって、ホットな内容ってわけでもなく、自分自身に向けて書き残しているって感じです。(しょうもないネタの垂れ流しですけれども。)
ノートの内容もしょうもないことばかりです。そういったものを書き残しつつ、なにかを考えていきたい、と齢40半ばを過ぎて思い始めています。
日記帳というよりは記録帳や雑記帳、もっというとライフログといったら良いのでしょうか。この夏頃から毎日ノートに手書きで何かを書くようになりました。
標題の万年筆に至りませんでしたね。つづく。
Amazonで買って、ちょっと良かったのでご紹介。(国内発送だったので、すぐに届いて、試した商品です。)
足の指と指の間に挟み込んで足指を全体的に広げた状態にするためのシリコンパッドです。
商品は足指のアーチにちゃんと合致する形で成型されているので、装着したままで室内で歩くことも可能です。
なんといってもシリコンの弾力性が絶妙でして、パッドを装着して足指をグー・パー、グー・パーするとシリコンの柔らかさが実感できて気持ちいいです。
同梱の説明書では15分程度の装着から初めて、最大は1時間程度。と書かれていましたが、確かに長時間装着していると指を締め付ける感覚が続き、ちょこっと疲労感も感じました。
ほどほどにして、寝ているあいだじゅうの装着はしないほうが良いかな?と思いますが、安い商品なのでシリコンの柔らかさをぜひ足指で感じてください!
10月になってすっかり、涼しくなりましたね。過ごしやすくて助かります。
しょうもない小物をアマゾンで買った(100円以下!)のですが、UA*********BNという追跡番号でした。どうやらUSPSみたいなんですが、何故かブルネイ発??
9/19に注文したのですが、USPSで荷物追跡してもlabel created.から全く音沙汰なくて、発送されてない見たな感じ。
しばらく荷物トラッキングを楽しめる、と思えばもうもう元を取った!?と思えますね・・・。
2018/10/10 更新
10/9(Tue)に届きました。20日かかりました・・・。確かに発地にBrunei Darussalamの記載がありました。