1998年5月5日火曜日

【昔の日記再投稿】 1998年5月5日(Tue)

 日本は、今年のゴールデンウィークは2~5日の4連休がメインだそうだ。ただ、この前来た電機メーカーに勤めているS、K氏はかなり連休が長いそうである。全くもって羨ましい話だ。怠け者の私としては、「就職先を間違えた」とまで思ったぐらいだ。

 で、今日は日本は子供の日。端午の節句である。会社のSさんの机の前にかかっているカレンダーにある鯉のぼりの写真で気づいた。柏餅が食べたくなってしまった。

 どうも、オーストラリアは日本に比べて祝日が少ない様である。特にNSW州は他州に比べて著しく少ない様で、全くもって憤慨ものだ。ちゃんと祝日を増やせば、オージー達も少しはまともに働くようになるかもしれない。(まさか祝日が少ないことを悲観して、働きが悪いわけではないだろうけど)

 会社で、TさんとMさんが皆が帰った6時ごろから(ちょっとシリアスな)議論をはじめた。内容は営業成績に関することで、Mさんは最近コンピューターに営業成績を入れて、それを年末の昇給交渉(こちらは日本と違って、成績よければ給料が上がるというシビアな世界である)の時に上司であるマイケルに見せ、交渉材料として使うつもりらしいのだ。その事に関して、議論をしている。

 Tさんは(性格上)強くは言わないが反対であるようで、その事を導入しようとしているMさんとぶつかっているようだった。事の発端は4月の途中ですでに目標である営業成績を達成したことで、残りの仕事をすべて5月分として計上しようとMさんが言い出したことだった。まぁ、細かいことをかき出すときりがないが、とにかく営業肌のMさんは何とか自分達の給料を上げようといろいろ手を考えているらしく、またTさんは話が行き過ぎてしまうことを危惧しているのか、何もそこまでしなくても・・、という考えのようだった。

 オーストラリアは、日本のような馴れ合いで年功序列ということはないから、確かに実力社会なのだ。今回のように自分の給料は自分で勝ち取るという事が至極当たり前であることを改めて実感した。今回のことが、Mさん一人の問題ではなく引越し部門の営業全員に関わる問題なだけに、難しい。

 帰り道会社の近くのカーブで、4台の車の玉突き衝突の現場を見た。最後の車が、その前の車の下に潜り込んで押し上げていた。この長雨で皆帰りを急いでいたのかな?

1998年5月4日月曜日

【昔の日記再投稿】1998年5月4日(Mon)

 どうも、ここのところ体の調子がおかしい。体のというよりも、具体的には"お腹"である。下り気味なのだが、市販の薬を飲んでも一向に良くならない。ちょっとヤバイ病気かな?と心配しているところだ。

 今日は、買い物をして帰ってきて、久しぶりにトマトパスタを作ろうかな、と考えていたのだが帰ってきて家賃の支払いを待っていたらなんだかやる気が失せて疲れがどっと出てきてしまい、夕飯も食べずテレビも電気も点けっぱなしで寝てしまった。

 基本的に、どんなに面倒くさくても夕飯だけは食べることが多いのだが、こういう日もあるものなのだ、と自分に言い聞かせた。

 でも後々翌日になって考えてみると月曜日だったんだよねぇ。週初めから疲れていてどうする!と、自分に檄¥%!

1998年5月3日日曜日

【昔の日記再投稿】 1998年5月3日(Sun)

 ここのところ雨降りばかりで、まるで日本の梅雨の時期のようだ。それも一日中しとしとと降っている。

 気温の方も、すっかり下がっている。5月なのに、と思うけど北半球でいえば11月に相当するわけだから寒いのも当然だ。

 今日は朝早く起きたが、今間で溜まっていたメールの返事を書いたりして、家の中で過ごしていた。そんな風にリラックスしていたせいか、かなり濃いメールだったかもしれない。たまにはふざけたメールだけではなくて、ちゃんとしたものを書かないといけない。

 手紙の返事もこれから書こうとおもっている。ここ10日間は友人が来ていていろいろ忙しかったし、会社の仕事もあるせいか平日はまとまった時間が無くてなかなかするべき事が出来なかった。

 今週もまた始まる。

1998年5月2日土曜日

【昔の日記再投稿】1998/05/02

 朝に何回かトイレに起きたら、K氏は未だに星の金貨を見続けていた。結局前12話を見終わったのは何と朝9時。徹夜である。

 その後彼は寝て、何と起きたら3時過ぎ。俺はその間に溜まった洗濯物をランドリーで洗濯&乾燥して、雑誌を読んだりして気ままに過ごした。先週はS氏がいたので久しぶりにのんびりした。K氏が起きてからおそめの食事を近くのバーケンヘッドポイントで済ませて(これがなかなかオシャレなカフェだった。何で今まで立ち寄らなかったんだろう!)、シドニー空港を夜8時発の大韓航空でソウル経由で大阪まで帰るという事で空港まで送っていった。飛行機は一時間遅れで出発となったのでちょっと時間が余ってしまったようだったが、野郎の見送りなのでさっさと帰ることに。(^^;)

 帰ってから星の金貨の続きを見始めた。これはなかなかはまる。続編までいっちゃうか?

1998年5月1日金曜日

【昔の日記再投稿】1998/05/01

 本来なら、今日から5月という事で日記のページも新しくなるべきなのだが、忙しいのでしばらく4月の続きに書くことに・・。

 昨夜はK氏と俺はかなり疲れていたのと酒も入っていたこともあって、11時ぐらいにはすでに寝ていた。寝てからほど無くして、一度目電話が鳴った時は上の空で起きなかったので出なかったので、ちょっとしつこかったけどが、二度目の電話にはさすがに切れて「誰だー、こんな夜中にー?」と、半ば怒って電話口に出たら、Nからの電話だった。

N (開口一番)「香港また行くって?」

俺 (???)「は?、行くなんて言ってないじゃん。」

N 「メールに書いてあったよ」

俺 「そんな事言ってないって」

・・・・

 と、不毛なやり取りで、寝しなに起こされ不機嫌且つ、いい加減眠くてしょうがない俺は半ば切れかけ、仕舞いには「いかないよっ!」と怒ってしまったのでした。この時は訳も分からず怒ったけど結局その日の午後になって、よーく考えてみると非常に些細なことをちょっとメールに書いたらNがその事で電話してきたわけだとようやく気づいたのでした。
 それにしたって、あんな時間に2回も電話かけてくるあいつもあいつだけど。

 朝、K氏と一緒に家を出てシティーで彼を降ろす。彼は1日市内を歩きまわるとか。私以上に旅慣れているので安心して放し飼い(?)に出来るので助かる。本来なら休みを取ってアテンドしたいところなのだが、ちょっと休みを取りすぎているので自省する。
 タイタニックを見て、市内を歩きまわっていたそうだ。

 仕事を引けて家に帰ったら7時前だったのだがまだ彼は帰っていなかった。どうやら最終の船に乗って帰ってくるらしい。

 帰ってきてから、いつもの韓国BBQに行きのんびりビールを飲みながら肉を突つきつつ昔話に花を咲かせていた。

 この晩彼は、星の金貨にはまってしまい夜11時~朝の9時まで延々10時間もVCDを見続けた。もったいないシドニーの夜。